大手調剤を辞めて、小さな門前薬局に移るまでの1年の話
はじめまして。みおと言います。
薬剤師です。
去年の春まで、都内の大手調剤チェーンで3年間働いていました。
今は家から自転車で10分の、小さな内科クリニックの門前薬局にいます。
処方箋は1日20枚くらい。残業はほぼなし。土日は隔週休み。
年収は少し下がったけれど、今のほうがずっと、息ができている気がします。
この1年で、私はたぶん別人みたいに変わりました。
薬歴の積み残しを家に持ち帰る夜が消えて、笑顔が昔に戻って、休みの日にやっと友達と会えるようになりました。
今日はその1年の話を書こうと思います。
もしあなたが、監査前の終電の中でこの記事を見つけてくれたなら、最後まで読んでもらえたら嬉しいです。
去年の3月、私は監査対応のあと、終電を1本逃しました。
タクシーで家に帰る途中、後部座席で母に電話をかけました。
「ママ」と一言だけ言って、あとは何も言えなくなって、ただ泣いていました。
母は何も聞きませんでした。「大丈夫?」と聞きたかったと思いますが、大丈夫じゃないことくらい、声でわかったんだと思います。
5分くらい、ただ「うん、うん」と聞いてくれました。
最後に私は「ごめん、もう寝る」と言って、電話を切りました。
家に帰って白衣を脱がずにベッドに倒れ込んで、そのとき初めて、心の中で「もう限界」と言葉になった気がします。
私は薬学部の6年制1期世代で、学費は両親に1000万円近く出してもらいました。
国家試験に受かった日、母が泣いていました。卒業式の写真は今でも実家のリビングに飾ってあります。
そんな私が、3年目の春に壊れかけていました。
処方箋は1日70枚を超える日が当たり前。
土曜は丸一日勤務。
監査前は薬歴の積み残しを家に持ち帰って、土日も書いていました。
服薬指導の途中で、患者さんに「あなた、本当に薬剤師なの?」と詰められたこともあります。
「先生はもっと早く出してくれた」と言われ、「事務さんでいいから早くして」と言われ、夕方には喉が嗄れていました。
調剤室に戻ると、後輩に「ジェネリック変更の確認、明日でいいですか」と聞かれる。
「明日になったら忘れる」と思いながら、頷くしかなかった。
誰にも言えませんでした。
管理薬剤師に言えば「みんな同じ」と返される。
同期に言えば「うちの店舗はもっと忙しい」で終わる。
親に言えば「せっかくの資格なんだから」と言われる。
母にも、本音は言えなかった。
あの夜のタクシーの電話だって、本音を話したかったわけじゃなくて、ただ声を聞きたかっただけだった気がします。
監査が終わった次の日、私は休みでした。
眠れなくて、布団の中でスマホを握っていました。
「薬剤師 調剤 しんどい」
「薬剤師 病院以外」
「薬剤師 ノルマ なし」
検索ワードを変えながら、ずっと読んでいました。
調べていてわかったのは、薬剤師の働き方は大手チェーン調剤だけじゃないということでした。
小さな門前薬局、在宅医療をやっている薬局、企業の管理薬剤師、ドラッグストアの専門職、治験コーディネーター、製薬会社のMR以外の職種。
私は無意識に「薬剤師=処方箋を1日70枚さばく人」だと思い込んでいたんです。
自分のことを「忙しいのは仕方ない」「6年も学んだんだから我慢するもの」と、心のどこかで決めつけていた。
でも本当は、世界はもっと広かった。
薬剤師の資格を持っているだけで、選べる職場はたくさんあって、その多くは処方箋枚数のノルマがありませんでした。
そのことを知ってもなお、私は数週間、動けませんでした。
「辞めたい」と「6年と1000万円を無駄にする罪悪感」が、頭の中でぐるぐる回っていたんです。
動けたきっかけは、休憩中のスマホでした。
調剤室の裏の小さな休憩室で、ぼーっとインスタを見ていたら、薬剤師向けの転職エージェントの広告が流れてきました。
いつもなら無視するのに、その日だけは指が止まって、タップしてしまった。
登録は3分くらいで終わりました。
履歴書も、職務経歴書も、要りませんでした。
「まだ辞めるかどうか決めていません」と正直に書いて、送信しました。
翌日、担当の人から電話がかかってきて、私は休憩中にスタッフルームの隅で通話に出ました。
今の状況を、ぽつぽつと話しました。
処方箋の枚数、監査の負担、患者さんに詰められたこと、薬歴の持ち帰り。たぶん20分くらい話したと思います。
最後に、担当の人はこう言ってくれました。
「薬学部6年通って、国家試験受かって、3年も大手で鑑査やってこられたんですね。もう、十分ですよ」
私は、スタッフルームの隅で泣いてしまいました。
管理薬剤師にも、同期にも、親にも、母にも、誰にも言えなかった言葉を、利害関係のない第三者のキャリアアドバイザーに、やっと全部話せた気がしました。
「十分」なんて、6年と1000万円の資格を持っている私は、誰にも言ってもらえないと思っていたんです。
そこから、少しずつ動けるようになりました。
アドバイザーさんが希望条件を聞いてくれて、合いそうな求人を何件か送ってくれました。
私が出した条件は、たった3つだけでした。
「処方箋枚数が1日40枚以下」
「薬歴を家に持ち帰らなくていい」
「服薬指導でゆっくり話せる」
その3つだけで、該当する職場がこんなにあるのかと、驚きました。
家から近い小さな門前薬局や、在宅対応の地域薬局、企業の健康相談室、治験コーディネーター。深夜に検索して見つけたあの選択肢が、ちゃんと現実の求人として目の前に並んでいたんです。
面接に行ったのは1つだけ。
家から自転車で10分の、内科クリニックの門前薬局でした。
管理薬剤師の方は50代の穏やかな女性で、面接というより薬剤師同士の雑談のような時間でした。
「大手チェーンで3年もやってたの? うちは1日20枚いけば多いほうだから、最初は暇に感じるかもしれないよ」と笑って言われたとき、私は「ああ、こういう薬局もあるんだ」と心から思いました。
その"暇"という言葉に、どれだけ救われたか。
転職の手続きや、今の薬局への退職の伝え方も、エージェントの担当者が全部サポートしてくれました。
私が一番怖がっていた「管理薬剤師に辞めると言うこと」も、退職交渉の進め方を一緒に考えてもらって、想像していたよりずっとスムーズでした。
新しい門前薬局に移ったのは、去年の8月でした。
それから半年経って、お正月に実家に帰ったとき、母に「別人みたい」と言われました。
朝は目覚ましで起きるんじゃなくて、自然に目が覚める。
18時に閉局して、帰りにスーパーで夕飯の買い物をする。
夜は好きなドラマを見て、23時にはベッドに入る。
そんな当たり前のことが、大手チェーン時代には一度もできなかった。
こたつでみかんを食べながら、私は母にそう話していました。
年収は、確かに下がりました。50万円くらい。
でも、今はこう思っています。
50万円で、人生を買い戻した気分です。
処方箋ノルマがなくなった分、生きている実感が戻ってきた。
あと、患者さんに「みおさん、ありがとうね」と言われる時間が、毎日ちゃんとある。
(そりゃそうですよね。1日20枚なら、一人ひとりの目を見て話せるんです)
新しい薬局の仕事は、最初の1ヶ月は本当に暇に感じました。
処方箋の波もないし、走り回ることもない。「私、ここにいていいのかな」と不安にすらなりました。
でも、それが薬剤師の本来の姿なんだと気づきました。
患者さん一人ひとりの薬歴をちゃんと読み込める。服薬指導を丁寧にできる。薬歴を持ち帰らずに帰れる。
これが普通なんだって、3年経って、初めて知りました。
私がこの記事を書いているのは、あの監査前のタクシーの自分に、伝えたいことがあるからです。
去年の3月、終電を逃したあのタクシーの中で、私は本当に動けませんでした。
何もできず、ただ泣いて、休みの日にスマホで検索することしかできなかった。
でも今、私は穏やかに暮らしています。
そして、あの夜の自分と同じように、監査前の終電や休憩中のスマホで「薬剤師 しんどい」と検索している誰かがいることを、知っています。
もしあなたが今、この記事を見つけてくれたなら、ひとつだけお伝えしたいことがあります。
あなたが今いる薬局が、薬剤師の働き方の全部じゃないんです。
大手チェーンの調剤だけが薬剤師の職場じゃないし、ノルマのない働き方も、薬歴を持ち帰らない働き方も、ちゃんとあります。
知らないだけで、選択肢は思っているよりずっと広いんです。
私も3年間、知りませんでした。知った日から、世界が変わりました。
私が使ったのは、薬剤師専門の転職エージェントでした。
無料で、登録は3分くらい。履歴書も職務経歴書もまだ要りません。
「まだ辞めるかどうか決めていません」と正直に伝えて大丈夫です。
むしろ「迷っている段階で相談したい」という人のほうが多いと、担当の方が話していました。
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登録したからといって、必ず転職しなきゃいけないわけではありません。
私も最初は「話を聞いてみるだけ」のつもりでした。
ただ「自分にはどんな選択肢があるのか」を知る。
それだけでいいんです。
知ったからといって、すぐに動かなくてもいい。
でも、知らないままだと、選ぶこともできません。
追伸。
この記事を書きながら、あの3月の終電のタクシーで、後部座席で泣いていた自分のことをずっと考えていました。
1年前の私が、この記事を読んだら、きっと泣くと思います。
「3年間、一人で抱え込まなくてよかったんだ」って。「もっと早く知っていたら、もっと早く楽になれたのに」って。
だから、もしこれを読んでくれているあなたが、あの日の私と同じ場所にいるのなら。
どうか、一人で抱え込まないでください。
話を聞いてくれる人は、利害関係のないところに、ちゃんといます。
あなたの夜が、少しでも穏やかになりますように。
そして、いつかこの記事のことを、笑いながら思い出してもらえますように。
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