夜勤を辞めて、クリニックに移るまでの1年の話
はじめまして。あやと言います。
看護師です。
去年の春まで、都内の急性期病棟で3年間働いていました。
今は家から電車で20分のクリニックに勤めています。
夜勤はゼロ。土日休み。残業はほとんどなし。
年収は少しだけ下がったけど、今のほうがずっと、穏やかです。
この1年で、私はたぶん別人みたいに変わりました。
肌の調子が戻って、笑い方が昔に戻って、休みの日にやっと出かけるようになりました。
今日はその1年の話を書こうと思います。
もしあなたが、夜勤明けにこの記事を見つけてくれたなら、最後まで読んでもらえたら嬉しいです。
去年の3月、夜勤明けの朝7時に、私は姉に電話をかけました。
「お姉ちゃん」と一言だけ言って、あとは何も言えなくなって、ただ泣いていました。
姉は何も聞きませんでした。「大丈夫?」と聞きたかったと思いますが、大丈夫じゃないことくらい、声でわかったんだと思います。
5分くらい、ただ「うん、うん」と聞いてくれました。
最後に私は「ごめん、もう寝る」と言って、電話を切りました。
家に帰ってシャワーも浴びずにベッドに倒れ込んで、そのとき初めて、心の中で「もう限界」と言葉になった気がします。
私は学生時代から「人の役に立ちたい」と言い続けてきて、看護師になると決めたとき、家族みんなに応援してもらいました。
国家試験に受かった日、母が泣いていました。戴帽式の写真は今でも実家のリビングに飾ってあります。
そんな私が、3年目の春に壊れかけていました。
夜勤は月に8回。
休みの日も電話で呼び出される。
申し送りのちょっとしたミスを、お局と呼ばれる先輩が全員の前で叱責する。
患者さんの前では一切笑顔を崩さないのに、家に帰った瞬間に何も話せなくなる。
LINEの返信が遅くなり、笑い方を忘れ、目の下のクマがどんどん濃くなっていきました。
誰にも言えませんでした。
師長に言えば「みんな頑張ってる」と返される。
同期に言えば「わかる〜」で終わる。
親に言えば「せっかくの資格なんだから」と言われる。
家族の姉にも、本音は言えなかった。
あの朝の電話だって、本音を話したかったわけじゃなくて、ただ声を聞きたかっただけだった気がします。
あの電話の夜、私は眠れなくて、布団の中でスマホを握っていました。
「看護師 夜勤 しんどい」
「看護師 病棟以外」
「看護師 働き方」
検索ワードを変えながら、ずっと読んでいました。
調べていてわかったのは、看護師の働き方は病棟だけじゃないということでした。
クリニック、訪問看護、企業の健康管理室、保育園、美容クリニック、治験コーディネーター。
私は無意識に「看護師=病院で夜勤がある人」だと思い込んでいたんです。
自分のことを「夜勤は仕方ない」「資格職だから我慢するもの」と、心のどこかで決めつけていた。
でも本当は、世界はもっと広かった。
看護師の資格を持っているだけで、選べる職場はたくさんあって、その多くは夜勤がありませんでした。
そのことを知ってもなお、私は数週間、動けませんでした。
「辞めたい」と「辞めたあとが怖い」が、頭の中でぐるぐる回っていたんです。
動けたきっかけは、休憩中のスマホでした。
病棟の休憩室で、ぼーっとインスタを見ていたら、看護師向けの転職エージェントの広告が流れてきました。
いつもなら無視するのに、その日だけは指が止まって、タップしてしまった。
登録は3分くらいで終わりました。
履歴書も、職務経歴書も、要りませんでした。
「まだ辞めるかどうか決めていません」と正直に書いて、送信しました。
翌日、担当の人から電話がかかってきて、私は休憩中にトイレに駆け込んで通話に出ました。
今の状況を、ぽつぽつと話しました。
夜勤のこと、お局のこと、休みの日も呼び出されること。たぶん20分くらい話したと思います。
最後に、担当の人はこう言ってくれました。
「3年も急性期で頑張ってこられたんですね。もう、十分ですよ」
私は、トイレの個室で泣いてしまいました。
師長にも、同期にも、親にも、姉にも、誰にも言えなかった言葉を、利害関係のない第三者のアドバイザーに、やっと全部話せた気がしました。
「十分」なんて、資格職の私は誰にも言ってもらえないと思っていたんです。
そこから、少しずつ動けるようになりました。
アドバイザーさんが希望条件を聞いてくれて、合いそうな求人を何件か送ってくれました。
私が出した条件は、たった3つだけでした。
「夜勤がない」
「土日休み」
「人間関係が穏やかなところ」
その3つだけで、該当する職場がこんなにあるのかと、驚きました。
家から近いクリニックや、訪問看護ステーション、企業の健康管理室。夜中に検索して見つけたあの選択肢が、ちゃんと現実の求人として目の前に並んでいたんです。
面接に行ったのは1つだけ。
家から電車で20分の内科クリニックでした。
院長先生は60代の穏やかな方で、面接というより雑談のような時間でした。
「大学病院で3年もやってたの? うちはのんびりしてるから、最初は暇に感じるかもしれないよ」と笑って言われたとき、私は「ああ、こういう世界もあるんだ」と心から思いました。
その"暇"という言葉に、どれだけ救われたか。
転職の手続きや、今の病棟への退職の伝え方も、エージェントの担当者が全部サポートしてくれました。
私が一番怖がっていた「師長に辞めると言うこと」も、退職交渉の進め方を一緒に考えてもらって、想像していたよりずっとスムーズでした。
クリニックに移ったのは、去年の8月でした。
それから半年経って、お正月に実家に帰ったとき、姉に「別人みたい」と言われました。
朝は目覚ましで起きるんじゃなくて、自然に目が覚める。
17時に退勤して、帰りにスーパーで夕飯の買い物をする。
夜は好きなドラマを見て、23時にはベッドに入る。
そんな当たり前のことが、大学病院時代には一度もできなかった。
こたつでみかんを食べながら、私は姉にそう話していました。
年収は、確かに下がりました。50万円くらい。
でも、今はこう思っています。
50万円で、人生を買い戻した気分です。
夜勤手当がなくなった分、生きている実感が戻ってきた。
あと、めちゃくちゃ肌の調子がいい。
(そりゃそうですよね。人間、夜にちゃんと寝たら肌もよくなるんです)
クリニックの仕事は、最初の1ヶ月は本当に暇に感じました。
急変もないし、走り回ることもない。「私、ここにいていいのかな」と不安にすらなりました。
でも、それが看護師の本来の姿なんだと気づきました。
患者さん一人ひとりとちゃんと話せる。記録を時間内に終わらせられる。定時で帰れる。
これが普通なんだって、3年経って、初めて知りました。
私がこの記事を書いているのは、あの電話の夜の自分に、伝えたいことがあるからです。
去年の3月、夜勤明けの朝7時、私は本当に動けませんでした。
何もできず、ただ泣いて、夜中にスマホで検索することしかできなかった。
でも今、私は穏やかに暮らしています。
そして、あの夜の自分と同じように、夜中にスマホで「看護師 しんどい」と検索している誰かがいることを、知っています。
もしあなたが今、夜勤明けにこの記事を見つけてくれたなら、ひとつだけお伝えしたいことがあります。
あなたが今いる場所が、看護師の働き方の全部じゃないんです。
病棟だけが看護師の職場じゃないし、夜勤がない働き方も、土日休みの働き方も、ちゃんとあります。
知らないだけで、選択肢は思っているよりずっと広いんです。
私も3年間、知りませんでした。知った日から、世界が変わりました。
私が使ったのは、ナース専門の転職エージェントでした。
無料で、登録は3分くらい。履歴書も職務経歴書もまだ要りません。
「まだ辞めるかどうか決めていません」と正直に伝えて大丈夫です。
むしろ「迷っている段階で相談したい」という人のほうが多いと、担当の方が話していました。
登録したからといって、必ず転職しなきゃいけないわけではありません。
私も最初は「話を聞いてみるだけ」のつもりでした。
ただ「自分にはどんな選択肢があるのか」を知る。
それだけでいいんです。
知ったからといって、すぐに動かなくてもいい。
でも、知らないままだと、選ぶこともできません。
追伸。
この記事を書きながら、あの3月の夜、布団の中で泣いていた自分のことをずっと考えていました。
1年前の私が、この記事を読んだら、きっと泣くと思います。
「3年間、一人で抱え込まなくてよかったんだ」って。「もっと早く知っていたら、もっと早く楽になれたのに」って。
だから、もしこれを読んでくれているあなたが、あの日の私と同じ場所にいるのなら。
どうか、一人で抱え込まないでください。
話を聞いてくれる人は、利害関係のないところに、ちゃんといます。
あなたの夜が、少しでも穏やかになりますように。
そして、いつかこの記事のことを、笑いながら思い出してもらえますように。