あやのイラスト

あやについて

元・急性期病棟3年 / 今はクリニック勤務3年目
夜勤明けの朝7時に泣いた日から、夕方のスーパーで野菜を選べるようになるまでの話を書いてます

CHAPTER 1 — CALLING

国家試験に合格した日、母が泣いてくれた

看護師の国家試験に合格した日、家に電話したら、母が電話の向こうで泣いていました。

「あんた、ほんとうによく頑張ったね」って。
受験勉強の3年も、実習の半年も、家計が苦しい中で出してくれた学費のことも、ぜんぶ知っていたお母さんの声でした。

2020年の春、都内の大学病院の急性期病棟に配属が決まりました。
私の看護師としての3年間が始まる前の、いちばん希望に満ちていた朝です。

※このとき、まだ自分がこの3年で何をすることになるかは、想像もしていませんでした。

CHAPTER 2 — COMMITMENT

「3年は続ける」と、自分にも周りにも約束した

配属初日、新人看護師オリエンテーションで先輩から言われた言葉があります。
3年は続けなさい。3年やらないと何も身につかないから

月8回の夜勤、申し送りでの叱責、家に帰ると何も話せない夜。
それでも「3年は続ける」が、自分の中の数少ない軸になりました。

1年目、ガウン技術や採血、点滴管理、急変対応。
できなかったことが、ひとつずつできるようになっていく実感はありました。
休みの日、教科書をひろげて勉強し直していた頃の自分は、それなりに前を向いていたと思います。

CHAPTER 3 — THRESHOLD

2年目の冬、眠れない・食べられない・休みの日も身体が重い

2年目の冬から、身体がおかしくなりはじめました。

夜勤明けの朝、布団に入っても2時間眠れない。
昼に起きても食欲がなくて、コンビニのおにぎりを半分残す。
休みの日も身体がだるくて、洗濯機を回すだけで一日が終わる。

病棟の同期に相談したら
それ、みんなそうだよ。看護師なんてどこも同じ
って笑われました。

師長さんにそれとなく相談したら
「あなたは真面目だから、力を抜くのが下手なのよ」って、それで会話が終わりました。

辞めたい気持ちはあったのに、「どこも同じ」「3年は続けないと」「資格がもったいない」って自分にも周りにも言われ続けて、辞めるという選択肢が頭から消えていました

CHAPTER 4 — GUARDIANS

夜中に布団の中で検索した「看護師 夜勤 しんどい」

2022年の秋、ある夜勤明けの夜中。
布団の中でスマホを握って、検索窓に小さく入れてみたんです。

「看護師 夜勤 しんどい」

表示された記事の一覧に、こんな見出しがありました。
「クリニックなら夜勤ゼロ・土日休み」
「訪問看護という選択肢」
「健診センターという働き方」

看護師という資格は同じでも、働き方は病棟だけじゃない。
そのことを、私はそれまで本当に知らなかったんです。

スマホの画面を消して、天井を見上げて、
「もしかしたら、私にも別の選択肢があるのかもしれない」って、初めて思いました。

ただ、その夜は次の日が早番だったので、検索タブはそのままにして眠りました。
そこから動き出すまでに、さらに半年かかります。

CHAPTER 5 — DEMON

転職サイトを4回開いて、4回閉じた半年

選択肢があることは知った。
でも、そこから半年、私はずっと動けませんでした。

深夜にスマホで転職サイトのトップページまでは開ける。
でも、登録フォームの「お名前」のところでスマホを置いてしまう。

頭の中で、いくつもの声がぐるぐる回っていました。

  • クリニックに移ったら、急性期で身につけたスキルが全部無駄になるんじゃないか
  • 3年経たずに辞めたら、転職市場で「すぐ辞める子」と思われるんじゃないか
  • 年収が下がったら、奨学金の返済が回らないんじゃないか
  • 同期のみんなが病棟で頑張っている中、自分だけ抜けるのは逃げじゃないか
  • あんなに泣いて喜んでくれたお母さんに、3年で病棟を離れたって言えるんだろうか

結局、4回登録フォームを開いて、4回そのままアプリを閉じました。

あの半年、いちばん自分のことが嫌いだった時期です。
病棟で「3年は続けないと」と言われ続け、家に帰っても「動けない自分」を責め続けて。
身体は本当はもう限界に近かったのに、それを認めることもできませんでした。

CHAPTER 6 — TRANSFORMATION

2023年3月の朝7時、お姉ちゃんに電話して泣いた

2023年3月の、ある夜勤明け。
朝7時、家に帰る途中の駅のホームで、急に涙が止まらなくなったんです。

特別な事件があったわけではありません。
いつも通りの夜勤、いつも通りの申し送り、いつも通りの帰り道。
ただ、その朝はもう、自分でも「自分が」何にしんどいのか分からなくなっていました。

ホームのベンチに座って、姉に電話をかけました。
姉は朝早くからの電話に出てくれて、私が泣きながら「もう、わかんない」とだけ言ったあと、ひとことだけ返してくれました。

「あや、3年、本当によく頑張ったよ。もう、十分だよ」

その夜、家に帰ってシャワーを浴びて、布団の中で初めて、転職サイトの登録フォームに最後まで名前を入れて送信ボタンを押しました。

押したあと、不思議と手は震えていませんでした。
「やっと、ちゃんと次に進める」と、それだけ思いました。

CHAPTER 7 — COMPLETE THE TASK

2023年8月、家から電車で20分の内科クリニックに移った

2023年8月、登録から5ヶ月後。
家から電車で20分の内科クリニックに、転職しました。

年収は50万円くらい下がりました。
でも、夜勤ゼロ、土日休み、17時退勤。
病棟時代の自分が聞いたら「それ本当に看護師の生活?」って疑いたくなるくらい、普通の生活が戻ってきました。

移ってから半年くらい経った頃、変わったことに自分で気づきました。

  • 肌の調子が戻った(ファンデーションの色が1段階明るくなった)
  • 笑い方が昔に戻った(母から「久しぶりに、あんたが笑ってる」と言われた)
  • 夕方のスーパーで、ゆっくり野菜を選べるようになった
  • 美容院に行く頻度が2倍になった
  • 夜、ちゃんと眠れるようになった

ある夜、夕飯のキャベツを刻みながら、ふと「人生を買い戻した」って言葉が頭に浮かびました。

病棟を辞める = キャリアの失敗、って思っていたけど、
私にとっては病棟以外の選択肢を選んだだけで、看護師という仕事は今も続いています。

CHAPTER 8 — RETURN HOME

Smart Choice Log を書いている理由

このサイトを書いているのは、あの「2023年3月の駅のホーム」で泣いていた自分に、伝えたいことがあるからです。

看護師の働き方は、病棟だけじゃない。

それを知らなかった2年間が、いま振り返ると一番もったいなかったです。
眠れなかった夜も、4回スマホを閉じた登録フォームの夜も、朝7時のホームで泣いた朝も、もっと早く知っていたら全部もう少し違っていたはずです。

同じ場所で立ち止まっている人に、もう一つの選択肢があることだけは届けたい。
そのために、ここで記事を書いています。

ここで書かないこと、約束したいこと

  • 「辞めた方がいい」と断定しません。 働き続ける選択も、辞める選択も、どちらも正解です。私の話はひとつのケースでしかありません。
  • 医療行為・診療に関するアドバイスはしません。 患者さんのケアや治療に関する判断は、それぞれの現場の先生方・先輩方のものです。
  • 年収自慢やマウント系の発信はしません。 私自身、今も全部うまくいっているわけではないです。眠れない夜もあるし、クリニックの同僚とうまくいかない週もあります。
  • 記事で紹介するサービスの一部は、広告主から紹介手数料を受け取っています。
    ただし「自分が使ってよかった/同じ立場の人に勧めたい」と思えるものだけを紹介しています。

もしまた読みにきてくれるなら、
X か LINE で受け取るのが楽だと思います。

Xではあの夜のような話を毎日ぽつぽつ。
LINEでは5通の手紙で、私があの夜中に知ったことを全部お伝えします。

※ どちらも無料です。途中で「もういいかな」と思ったらワンタップで離れられます。